フォクトレンダー APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II Zマウント|ワンカットのクオリティを上げるMFレンズ

大和田良
フォクトレンダー APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II Zマウント|ワンカットのクオリティを上げるMFレンズ

はじめに

常用レンズの選択は、文章で言えば文体を決めるようなものです。同じストーリーを記したとしても、使う語句やリズムによってその印象は大きく変わることと同様、レンズの選択はテーマやモチーフをどう描くかに大きく関わります。多くの写真家は、一つのテーマやシリーズを制作する場合、使用するカメラとレンズをまず決定します。様々な機材が混在してしまうと、写真のトーンやクオリティが揃えにくいからです。また、画角や使い勝手が変われば、撮れる写真そのものにも影響します。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:f/2 1/125秒 -1.3EV ISO10000

例えば私の制作で言うと、東京のライブハウスを巡り撮影したシリーズでは中判フィルムカメラのHasselblad SWC/Mを選びました。ワイドレンズが固定されたカメラで、歪みが少なく高い解像感が得られる、空間を捉えるには最も適した機材の一つだと言えるからです。また、「FLORA/ECHO」と題した、植物をモチーフとした作品では、Nikon Z 8とティルトシフト機能が使えるPC-E Micro NIKKOR 45mm f/2.8D EDのセットを中心に撮影を行いました。

一方、普段のスナップなどでNikon Z 8を用いるときには、以前の記事でも取り上げたように、NIKKOR Z 40mm f/2を常用レンズとして選択しています。最も軽量で必要十分な画質が得られ、どのような被写体にもある程度対応できる標準的な画角を備えたレンズです。

交換レンズとしては、NIKKOR Z 35mmf/1.8 SやNIKKOR Z 50mmf/1.8 SといったS-Lineの単焦点レンズも所有していますが、常用する単焦点レンズとしては、40mmの出番が圧倒的に多いような気がします。携帯性や使い勝手、性能という面を総合的に考えると、この40mm以外を普段のスナップで使う必要性があまり無いというのが個人的な理由でもあります。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/125秒 f/2 -0.7EV ISO800

フォクトレンダー史上最高性能の標準レンズ

そこで、今回は標準単焦点レンズにおいてより特徴的で、選択と表現の幅が広げられる可能性があるレンズとして、フォクトレンダー APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II(ニコンZマウント)を検証してみたいと思います。収差補正に優れたアポクロマート設計により、フォクトレンダー史上最高性能の標準レンズと言われる、市場でも高く評価されてきたモデルです。マニュアルフォーカスレンズであることをはじめ、ニコン純正の標準レンズとは写りや使い勝手が全く異なる一本であり、常用標準レンズとして検討するには、非常に興味深い選択になるのではないでしょうか。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/125秒 f/8 ISO200

重量は約370g、全長は64.3mmであり、NIKKOR Z 40mm f/2の約170g、45.5mmに比べれば大きく、NIKKOR Z 50mmf/1.8 Sの約415g、86.5mmに比べれば小さいといった具合です。Z 8と組み合わせた場合でも、私が普段使っているthinkTANKPhotoのUrban Access 8という小さめのカメラバッグに十分収納できる大きさであり、携帯性としては悪くありません。

今回は、冬山を中心に歩いたため、この最小限のサイズのカメラバッグに余裕を持って収められることは、機材に求める必要な条件の一つでした。カメラに装着した場合のボディバランスも良く、手にしっかりと収まる大きさです。フォーカシングも非常に滑らかで、繊細なフォーカスコントロールが可能です。ただ、今回のようなロケーションでは、総金属製の鏡筒からは、手袋なしでは凍るような冷たさがダイレクトに伝わってきます。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/125秒 f/5.6 -0.3EV ISO720

マニュアルフォーカスで得られる喜びと、そのコツ

マニュアルフォーカスレンズという最大の特徴は、やはりピント合わせそのものにあります。オートフォーカスに慣れている場合には、まずそのコントロールに戸惑うのではないでしょうか。背面液晶で確認するよりは、電子ファインダーを覗いて撮ったほうが操作しやすいと私は思います。迅速にピントを合わせたいスナップシューターにとっては煩わしく感じるかもしれませんが、一枚一枚に集中して撮影するスタイルを取られる方にとっては、マニュアルフォーカスの動作はむしろ撮ることの喜びに直結するものでもあるでしょう。

浅い被写界深度のなかでファインダーを覗きながら被写体を観察し、フォーカスリングを回してピントの山の移動を確認することで、レンズ光学を通した映像をより意識することができます。時には、オートフォーカスでは見つけられなかったような絶妙なピント位置やフレーミングを探り当てることもできるでしょう。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/125秒 f/2 -1.3EV ISO6400

ただし、現代の多画素化したデジタルカメラにおいて、より高精度のフォーカシングが求められることは、オートフォーカスでもマニュアルフォーカスでも変わりません。その際、非常に有効な機能の一つがフォーカスピーキングです。フォーカスの合ったエッジを視覚的に示してくれるため、より正確なピント合わせには不可欠です。しかしながら、特にF値を絞り込んでいるときなどには画面全体が色付いてしまい、フレーミングや構図が確認しにくくなります。そのため、今回使用したZ 8では、フォーカスピーキングをより使いやすくするために、ファンクションボタンに機能のON/OFFを設定しました。

設定方法は、メニューボタンからカスタムメニューを呼び出し、「f 操作」の項目から「f2 カスタムボタンの機能(撮影)」を選択します。様々なボタンの割り当てが表示されますので、その中からFn1ボタンを選択し、「フォーカスピーキング表示」を割り当てます。この設定を行うことで、ボディ前面のFn1ボタンを押すだけでピーキングの表示/非表示を切り替えられますので、飛躍的に使い勝手が向上します。ピーキングONの状態でピントを調整、OFFでフレーミングを確認し撮影という流れで、高いピント精度と適切なフレーミング決定が両立できます。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/125秒 f/2 -1.3EV ISO8000

色バランスが良く抜けのある透明感

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/1600秒 f/5.6 ISO100

写りに関しては、写した画像一枚一枚に驚きが得られるような、極めて優れた解像感が得られます。メーカーが公表しているMTFを参考にしても、開放F2から画面周辺まで高い解像度を保ち、F4ではほぼ画面全域にわたって均質な解像を得ることが可能なことが分かります。実際に夜景など光量が少ない場面において絞り開放で撮影していても、ピント面の解像感は非常に明瞭で、自然な点光源を再現します。絞り開放では、周辺光量の低下や画面周辺での口径食が見られますが、絞り込むことで改善されます。

また、絞り羽根の特殊な機構によって、F2、F2.8、F16で円形絞りが得られるというのもこのレンズの特徴です。特に、F2.8を選択したときに美しい円形のボケが得られることは、絵作りにおいても非常に有効だと言えるでしょう。少し絞り込むことで、解像力や周辺光量の改善も期待できるため、今回の撮影では比較的F2.8を多く選択したように思います。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/640秒 f/2.8 ISO100

逆光で撮影した場合、レンズの角度によってフレアやゴーストが見られるものの、画面全体に影響を及ぼすようなことはなく、光源周辺以外では良好なコントラストを保ちます。今回の撮影は、光の反射やミックス光源の多い、色再現においてはある程度シビアな条件だったと思いますが、再現のバランスも良く、抜けのある透明感の高い色が得られていることが、それぞれの写真からも分かるのではないでしょうか。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/125秒 f/2 -1.3EV ISO14400
■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/1250秒 f/8 ISO100

モノクローム処理を行った場合にも、細かな解像と共に、青空の豊かなグラデーションが深く表現されました。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/400秒 f/8 ISO100

純正とは全く異なる魅力

瞬間的なスナップショットや、より直感的なフレーミング、あるいは携帯性においてはオートフォーカスによるNIKKOR Z 40mm f/2の汎用性の高さに分があると思いますが、それとは全く異なる魅力がAPO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical IIにはあることが、今回の撮影でよく分かりました。特に、日々の光景をより丁寧に、撮影枚数よりもワンカットのクオリティに集中して撮影を行いたい方にとっては、非常に有効な常用レンズとなる可能性を持った一本だと思います。写真のスタイルを少し変えてみたいという方にも、おすすめできそうです。

■撮影機材:Nikon Z 8 + Voigtlander APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical II
■撮影環境:1/125秒 f/2.8 ISO360

 

 

■写真家:大和田良
1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。

 

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