フォクトレンダー NOKTON 35mm F0.9 Aspherical Xマウントレビュー|こばやしかをる
はじめに
2023年8月23日に発売された、フォクトレンダーの富士フイルムXマウント用レンズとして5本目となる、開放F0.9の大口径レンズ「Voigtlander NOKTON 35mm F0.9 Aspherical Xマウント」。じっくりと被写体に向き合う時間を堪能できるMFレンズで、F0.9のボケとシャープな描写を活かしたスナップ&ポートレートを撮影したレビューをお伝えします。
NOKTON 35mm F0.9 Asphericalの特徴
NOKTON 35mm F0.9 Asphericalは、Xマウント用交換レンズとして最も明るいF0.9を実現した、35mm換算約53mm相当の標準レンズです。F0.9の大口径レンズにもかわらず、重さは500gを切る492gを実現しています。取り回しが考慮された全長64.9mm(フードを除く)の洗練された凝縮感あるスタイリングも特長です。フィルター径は62mmで、市販されている各種レンズフィルターも効果的に使用することができます。
私の愛用するX-E4でこのレンズを使用するときは、首からストラップを下げるとレンズの重さで前傾になりやすいのが少々ネックです。しかし、ファインダーをのぞいた際に、左手にしっかりとフィットして握りしめられるサイズ感は、質量と併せ、ボディ側に手ブレ補正の無いX-E4には好条件と言えるでしょう。
X-E4とのコンビネーションではレンズの大きさが目立ちますが、富士フイルムX-TシリーズやX-Hシリーズでの装着であればバランスの取れたデザインです。
Xマウントボディとの電気通信を実現
以前にレビューしたVoigtlander ULTRON 27mm F2 Xマウントと同様に、マウント部に信頼性の高い電子接点を搭載し、Exif情報、フォーカスチェック、撮影距離連動表示に加え、特定の機種ではボディ内手ブレ補正やパララックス補正にも対応しています。
これらは、MFレンズでの撮影時に欠かせない機能であり、撮影後に必要な情報でもあるため、他のMFレンズと比べても安心感が違います。こうした使い勝手にもXマウントとの相性の良さを感じられます。
被写界深度の浅さに息をのむ開放F0.9のピント合わせ
絞りリングは1/3段ごとにクリック感があり操作がしやすく、フォーカスリングには適度なトルクの重みを感じます。MFレンズで絞り開放F0.9という非常にシビアなピント合わせを示すかのように、フォーカスリングには最短撮影距離0.35m~0.5mに間隔の広さが見られます。わずか15cmの距離で慎重かつ、緻密なピント合わせとなりますが、EVFをのぞいていると合焦した際に奥行きを感じ、被写体が浮き上がってくる感覚に思わず息をのみます。
開放値F0.9のボケが美しいのは言うまでもありません。メインの被写体と前後に位置する像に距離がなくても、雰囲気を残しながらどちらも滑らかにボケていきます。近接撮影するとボケは一層顕著で、レンズ前に位置した花房の大きなタイワンホトトギスの花でさえ前ボケになりました。風に揺れる猫じゃらしの群生は、どの1本をメインに撮影するのか?と奮闘したほどです。
また、日中開放F0.9での撮影ではシャッタースピード1/4000秒を上回ることが多いため「電子+メカシャッター」を選んで撮影しています。フォーカスピーキングについては、むしろ気になるため、敢えて外しておく方が撮影時にストレスを感じませんでした。
どこでも絵になる、雰囲気をそのまま写し込む開放F0.9
今回撮影をしていて楽しさを感じたのは、どこでもなく、どこにでもある路地を縫うように歩くこと。普段、画面に入り込むと気になってしまう看板の文字も、ボケによって目立つことがありません。F0.9で撮り続けていてもしっかりとした解像感があり、合焦面から奥へ行くほどトーンのつながりの良さによって情緒的な雰囲気を生み出し、いつもは通り過ぎてしまうような気にならない路地も写してみたくなります。
なんだか近所でアレコレと撮影したくなり、初心者に戻ったような気分に。「ファインダーをのぞいてしっかりとピントを合わせ、シャッターを切る」といった、基本的な撮影を楽しむプロセスが凝縮しているからでしょう。少し贅沢にも感じる撮影体験です。
被写界深度目盛でスナップ撮影を楽しむ
35mm換算で53mm相当の標準レンズではあるものの、焦点距離は35mmの広角レンズです。APS-Cセンサーということもあり、被写界深度はそれなりに深めになります。フォーカスリングには被写界深度目盛があるので、絞り込んで撮影したいシーンや被写体であれば、目測で撮影することも可能です。その点から見ても、スナップ用レンズとして適していると言えます。
ピント合わせがしんどく感じたら、背面のチルトモニター画面で構図だけしっかりと決め、本来のスナップらしいスタイルで撮影するというのもこのレンズの使い方の一つです。
シャープな描写と美しいボケの両立を実感するNOKTONレンズ
ラテン語で「夜」を意味する「Nox」、あるいは「夜の」を意味する接頭語「Nocturnal」に由来するNOKTONレンズ。このレンズは夜などの暗いシーンで真価を発揮します。
12枚の絞り羽根が大きく美しい個性的なボケを生み出すので、イルミネーションが輝く季節は点光源などを狙った撮影も楽しみです。大口径レンズでは顕著なレモンボケやグルグルボケも活かして画面の印象を強めることができます。
街に灯る夜の、鮮やかな光が反射するガラスや路面の映り込みも、色のコントラストが効いたアクセントになり、優しく溶けていく情緒的なボケと合わせて夜のムードを引き立ててくれます。シャープな描写と美しいボケの両立をより実感できるのが夜の撮影です。
開放F値0.9の明るさは、手ブレ補正のないX-E4ボディでも薄暮時間から夜にかけてのシーンを撮りたいと思わせてくれました。
背景選びがポイントになるポートレート撮影
スナップ撮影で実感した立体的な奥行きと優しいボケ味を、ぜひポートレートでも体験したいと思い、モデルさんと出かけきました。
35mm換算53mmという焦点距離は寄りにも引きにもちょうど良く、モデルさんを全身やニーアップで撮影する際に、モデルさんと背景の距離を取ることで背景が大きく分離し、中望遠レンズで撮影したような雰囲気になります。
また、被写体までの距離が近ければ近いほど被写界深度が浅くなる利点を生かした、最短撮影35cmという距離で、まつ毛の先にピントを置けば、おでこや鼻筋からすでにボケはじめ、顔の輪郭さえにじむほど。背景となった噴水の水面はトーンのつながりが美しく、滑らかに描写されました。
薄暮時間の屋外撮影でも、開放F値0.9の明るさによってシャッタースピードを落とさず撮影できることにも助けられます。周辺部で口径食が現れる特性を活かした背景選びも、肉眼で見ていると感じることのないNOKTON 35mm F0.9 Asphericalならではの表現でしょう。
おわりに
APS-Cセンサーのカメラで、広角レンズを使用するとボケが物足りないと感じる事も多いものですが、NOKTON 35mm F0.9 Asphericalで撮影していると、広角レンズであることを忘れてしまうほどです。
レンズ自体の良質なデザインと質感、そして描写力の高さはまさに至極の一品。
〝レンズは資産〟と言われますが、時が経つほど大切にされ、愛されるレンズだろうと実感しました。様々な撮影シーンで使い続けることで、写真撮影体験の真価を感じられる1本です。
■モデル:イトウユウカ @iyuk_geki
■写真家:こばやしかをる
デジタル写真の黎明期よりプリントデータを製作する現場で写真を学ぶ。スマホ~一眼レフまで幅広く指導。プロデューサー、ディレクター、アドバイザーとして企業とのコラボ企画・運営を手がけるなど写真を通じて活躍するクリエイターでもあり、ライターとしても活動中。