風景の中に”自分“を撮りたい。
感情移入しながら一枚の絵を描く気持ちで撮影。

われわれ日本人に最も馴染みのある樹、「桜」。輝く太陽の下に咲き誇り、美しくも力強い姿は明るい未来への象徴でもあります。しかしまた、夜に見せる桜の花の表情は、昼とは違って妖しくもあり、その多彩な魅力を余すことなくあらわしています。日本画家の横山大観や東山魁夷が描いた「夜桜」。さらには映画『遠野物語』のラストシーンに登場する「夜桜」に魅せられ、以来20年にわたり「夜桜」を撮影。さらに、最近では「郷愁」をテーマに自然風景を表現しつづけている写真家・五島健司氏をご紹介いたします。
【神秘の沼】神秘なインディゴブルーの水を湛える青池と周りを覆う新緑を色鮮やかに描写すためPLフィルターを着け撮影する。
■カメラ:キヤノンEOS‐1V レンズ:EF24〜70mm F2.8 絞り:f11 シャッタースピード:オート フィルム:RVP50 PLフィルター使用 三脚使用 撮影地:青森県岩崎村十二湖青池 6月


【稔りの朝】朝霧の中、黄金色に実った田んぼと豊穣を祈願する田ノ神に朝日が当たるチャンスを待ち撮影する。
■カメラ:キヤノンEOS-1V レンズ:EF24〜70mm F2.8 絞り:f11 シャッタースピード:オート(+0.5EV) フィルム:RVP100 W4フィルター使用 三脚使用 撮影地:岩手県遠野市 10月

【寄り添う】夏のうっそうとした薄暗い茂みの中に、恋人達を想わせるように密かに咲く白百合を撮影する。
■カメラ:ニコンF3 レンズ:Ai50〜300mm F4.5 絞り:f8 シャッタースピード:オート(−0.5EV) フィルム:RVP 三脚使用 撮影地:福島県福島市郊外 7月

【晩夏】ほとんどのヒマワリは頭を下げ死を迎えようとする時期、遅咲きの一輪が咲く。死生観を思わせる光景。
■カメラ:ニコンF3 レンズ:Ai50〜300mm F4.5 絞り:f5.6 シャッタースピード:8秒 フィルム:エクタクロームタングステン160(ET) 三脚使用 撮影地:福島県猪苗代町 8月

地元・福島の版画家・斉藤清氏の
作品に出会い、写真を撮り始めました。


 中学生の多感な頃に『遠くへ行きたい』という歌を聴き、自分も知らない街を訪ねてみたいと思い、自転車に寝袋とキャンプ道具を積んで東日本各地に出かけたという五島さん。見知らぬ土地の美しい風景に出会いながら、自分自身を見つめていたといいます。
「ある時、地元・福島の会津出身の版画家・斉藤清氏の作品に出会い、強く心を打たれました。それは、会津の冬を描いた作品でした。民家の屋根にも雪がどっさりと降り積り、シーンとした寒い冬の景色なのに、その絵からは何故かとても暖かな印象を受けたのです」。
 この絵を見た時、自分でも何かを表現してみたい気持ちになったといいます。絵を描く自信はありませんでしたが、五島さんは一人旅にはいつもカメラを持っていました。絵のかわりになる表現手法として写真を始めたことが、今日に至るきっかけとなりました。
「シャッターを押せば、とりあえず写真は撮れます。最初の頃は斉藤清氏の作品に影響を受けていましたので、お地蔵さんや茅葺屋根の家を撮っていました」。
 それが五島さんが22歳を迎えた頃で、それ以降は自然風景に的を絞り、精力的に撮影を行っていくことになります。

映画『遠野物語』の「夜桜」に衝撃を受け、
その妖艶な魅力を表現したくなった。


 本格的に写真を撮り始めた五島さんに、それからの写真家生活に大きな影響を及ぼす衝撃的な出会いが起きました。それは、映画『遠野物語』のラストシーンです。
 「満開の桜の下、闇の中で赤児を抱いて立つ女性の姿。それを観た時に、桜が闇に放つ不思議な魅力の虜になりました」。
 この感動を何としても写真で表現したいと思った五島さんは、それから夜桜の撮影に没頭していくことになります。
「私にとって桜は単なる樹木ではありません。もちろん魅力的な被写体でもありますが、まず、なによりも桜は『女性』なんです。そしてその中には、初々しい女性もいれば、艶かしい女性もいます。また、清楚な印象の女性もいます」。
 静かに語られる五島さんから、桜に対する深い思いが伝わってきます。
 いまでも桜の季節には、休みの前日の晩に車に飛び乗って、夜通し走って京都や奈良まで桜の撮影に行かれるそうです。

※映画『遠野物語』 有名な柳田国男の著者をもとに1982年に映画化。オシラサマの伝承をモチーフに、村の若い男女の悲恋を描いた物語。
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