思い出をつくる道具たち Vol.4 松本剛
取材記者のなかでも、あまり機材を多く持ち運ばないほうだという松本さん。なかにはたくさんのレンズを持って現場に出かけ、あらゆる状況に対応する記者もいるそうですが、松本さんは「そのときに持っているレンズで、撮るべきものを撮り逃さない」と考えるタイプで、「機材はなるべく軽くして機動性を高める」ことをモットーにしているとか。
「僕たちは、決められたものを撮ることよりも、刻々とかわる状況のなかで、予測のできないものを撮ることのほうが多いんです。その大切な一瞬を撮り逃さないために、
レンズ交換はできるだけしないようにしています。レンズ交換をしたり、ファインダーから目を離したりしている間に何かが起きてしまえば、シャッターチャンスを逃がすことになりますからね」
松本さんが通常の撮影で好んで使っているのが、28-300ミリの高倍率ズームレンズなのにも理由が?
「焦点域の広いズームレンズは、どんなケースにも即対応できるので、便利なんです。一般的なズームレンズと比較すれば、レンズは暗くなり、画質も多少低下するのかもしれませんが、高倍率ズームは取材活動において最大公約数的なレンズだと思って使っています」
最後に松本さんは、写真を撮りつづける者としての大切な心構えを教えてくれました。それは「いつどんなときもカメラを撮影できる状態でスタンバイさせておくこと」だといいます。
「車や飛行機での移動中も、つねに1台は体の近くに置いておきます。いつどこで何が起きるかわかりませんからね。この教えは取材記者の基本的な心構えとして代々引き継がれています」
まだまだ聞きたい話はありましたが、気がつくと時間は午後4時。朝刊の制作開始を前に、編集局がにわかにあわただしくなってきました。うかがえば、この日の松本さんは泊まり勤務。世相の今を伝える編集局は、つねに動きつづけているのです。
「新聞カメラマン」は、ネイチャーやポートレートを専門とする"写真家"とは目的が違います。しかし、現場を感じ取り、見る人に伝えるという活動は、同じく写真を撮る私たちにとって参考になるところがたくさんありました。ふだん何気なく目にし、身近に感じられる新聞ですが、そこから学んだ「大切な一瞬を撮り逃さない」技術を胸に刻み、明日からの撮影に活かしてみてはいかがでしょうか。
「人物を撮影するときに大切なのは、撮り急がないということ。僕はいつも相手の気持ちを最優先に考えて、コミュニケーションをとることを心がけています。こちらの都合を押しつけて、写真を撮ることだけを目的にしてしまうと、いい表情を引き出せないですからね。だから取材では、最初はカメラを持たずに相手の話にじっくり耳を傾け、その後で取材目的を説明して、写真を撮らせてほしいとお願いするようにしています」
現在「写旬」では東日本大震災後の今を伝えています。その写真は人々のぬくもりや力強さが伝わってきます。組写真でわかりやすくつたえることも腕のひとつです。
【カメラボディ】
キヤノン EOS-1D Mark IV
キヤノン EOS 5D Mark Ⅱ
【交換レンズ】
キヤノン EF28-300mm F3.5-5.6L IS USM
キヤノン EF24-105mm F4L IS USM
キヤノン EF70-200mm F2.8L IS Ⅱ USM
キヤノン EF16-35mm F2.8L Ⅱ USM
脚立の話に花が咲く松本さんと編集部
そのなかでも印象的だった機材のお話は、カメラマンにとっての必須アイテムという脚立。
「取材先で張り込みをするときになくてはならないのが脚立です。主な目的は高いところから撮影するためですが、脚立は腰を下ろせば簡易ベンチにもなるし、撮影場所を確保する目印にもなります。でも不思議なことに、脚立を使用するのは日本人だけだそうですよ」と松本さん。
海外では軽量の脚立が珍しいらしく、外国から訪れた記者のなかには、日本の脚立をおみやげに買っていく人もいるそうです。
松本さんのテキパキとした対応に、取材もスムーズに終わり、最後には社内を案内してくれるというサプライズも。編集部は、はじめてみる新聞制作現場に大興奮。人物の撮影では「相手の気持ちを最優先して撮影する」という松本さん。その撮影スタイルは人柄にもあらわれるものなのだなと感じずにはいられない編集部なのでした。
読売新聞東京本社に入社し15年目。編集局の写真部に所属する取材記者(新聞カメラマン)。小さな悪も見逃さない写真部きっての正義漢。写真部員が世相を切り取る読売新聞のフォトコラム「写旬」も手がけている。
思い出をつくる道具たち Vol.4 松本剛