記憶やこころを写しだすカメラ 富士フイルム X-S20|鈴木さや香
自分の写真とカメラの相性を考える -表現力と機敏性-
FUJIFILM X-S20を手にしたのは2023年の夏。
東京は高円寺の、商店街の撮影を依頼されて考えたのは、あの独特な街の色合いを現場にて細部まで表現できるカメラはどれだろう、ということだった。
その模索の中、色味やコントラストの調整が細かくでき、カメラの中で完結できると感じたため、このX-S20、というか富士フイルムのカメラが適切と考えた。その中でも、軽くてカジュアルで、しかし見た目が遊び過ぎず、応用力も備えているということで、このX-S20が最終的に使用機材となった。
普段の撮影や作風として、フィルムカメラや効果フィルタ―の使用もあるなかで、わたしとしては、とりわけ高画質、多機能に拘っているわけでもないので、手に馴染みの良い、また自分の感覚や写真との相性のいいカメラを常に広く欲している。
感覚でカメラや機材を選ぶのは勇気がいるが、作家としてとても重要だと考えている。
そういう意味で、このX-S20は、とても適切で丁度よかった。
自分の好みとして、順光よりも逆光を好むので、手前が暗く落ちて抜けが明るいシチュエーションは多い。
その場合、気になるのはダイナミックレンジ。階調が豊かであること、またそれをこちらである程度コントロールさせてくれる微調整のシステムが欲しい。
ダイナミックレンジが広ければ、ハイライトもシャドウもつぶれてしまうことなく、密度の高い臨場感のある写真が撮れる。窓抜けが好きなわたしには、それは何よりポイントとなる。
そして、もう一つ機敏性にも注目をした。
街や暮らしの中でのスナップを撮影することが多く、その場合に大げさな動作になるのを避けたい。そのため、撮影という行為が自分の通常の動きの中で、違和感がない程度でいられるよう、コンパクトで、ボディもレンズも軽いというのが望ましかった。
かがむ、背伸びをする、片手で持つ、大きな荷物と共に持つ、猫に寄っていく、引いて空を撮る、デーブルの珈琲を撮る。
どんな行動でも邪魔になりにくいという、いわば、ひどいわがままをカメラに聞いてほしかった。
X-S20を手にしてから1年以上経って今思うことは、あのときのわたしは良い選択をしたということ。
色を作り出すのはホワイトバランス、自分の目、それから浮かぶ景色
わたしの写真は「色」という情報をとても繊細に扱っている。
けれども、それは、個性を最大限に引き出して、分かりやすいカラフルで魅せるというよりは、その環境に馴染むという部分に重きを置いているので、色の存在に気を遣うという表現が正しいのかもしれない。
わたしの写真の最終形が部屋に飾る写真というコンセプトでもあり、見てもらったときに「落ちつく」というのがキーワードでありたいと思っている。
デジタルであれば尚更情報が多く、また見る人に多くを委ねる写真というメディアだからこそ、何よりもシンプルで違和感なく、ただ拘りの色合いで馴染ませて見せたいのだ。
オートホワイトバランス、または常に5000Kから動かしたことがないというユーザーは多い。
けれど、わたしは、そういった固定の設定で撮影したことはほとんどない。
シチュエーションごとに、常に大元となるケルビンを動かし、細かくホワイトバランス補正を加えて更にコントラストや彩度も組み合わせる、それがわたしの撮影スタンダードスタイル。
撮影する場所に存在している空気感は、カメラという機材には感じ取れないし、自分が見て脳やこころで作り上げた情景こそ、写真に投影すべきだと考えている。
果たして、何がイメージとしてこころに浮かんでいるかと云えば、おそらく過去に、どこかで見た景色や情景と現実のすり合わせなのではないかと思う。
さて今回、色の持つ情報を分かりやすくするためにオートの写真をはじめに並べてみる。
空が抜けるので全体的に青くしたいところだが、私のこころに浮かぶ景色は違う。
古都の時計台の古さ、また秋の日の柔らかさ、紅葉が過ぎた頃の季節感、そんな想いから赤を強くする。ケルビンで合わせるのもいいけれどX-S20には多様な環境設定が組み込まれている。その環境設定のホワイトバランスを利用することはとても便利なのだ。
もうひとつ、こちらもオートで撮影したものと、そうでない写真の表現の差をご覧いただく。
ホワイトバランスオートは、赤や富士フイルム独特の緑の色味が忠実に美しく表現される。
決して悪くはないし、問題がない。
ただ、自分が感じたものをもう少しのせても、それこそ問題がないと判断したので、ホワイトバランスを黄みがかかる8350Kで作り上げた。
この場所は異国のような雰囲気の商店街の一角。
けれどもどこか古めかしく懐かしさもあるので、ホワイトバランスのケルビンを高めに設定したのだ。
派手になり過ぎないよう、フィルムシミュレーションをクラシックネガにするテクニックを加えて。
フィルムシミュレーションという、ざっくりとした雰囲気基本ライン
そう、このフィルムシミュレーション。これはとても優れた富士フイルムならではのシステム。
X-S20は、前身のX-S10よりもフィルムシミュレーションの数は多くなり、更に自分らしく作り込みやすいカメラにアップグレードした。
このカメラはコントラストのトーンカーブを、ハイライト、シャドウどちらも動かせるというのも魅力。
ただ、細かく設定することのデメリットは、撮影時に時間がかかってしまうこと。
その点、このフィルムシミュレーションは大まかな色合いや彩度がすでに設定済みであり、そこからコントラストにしろ、ホワイトバランスの補正にしろ、足し引きをすればいいのだ。
写真の色は、ケルビンでも大きく変わるが、コントラストによっても大きく趣が変わる。
それを理解している人には更に、このフィルムシミュレーションの使いやすさが分かると思う。
好きなフィルムシミュレーションの紹介を2種。
よく使用するのは『クラシックネガ』で、独特の色合いとコントラストで撮影ができる。
緑の彩度がゆるやかに落ちつくので、全体的にすこし控えめで保守的な印象。
そして、その色合いに清潔感を感じるので、生活感のある街にはとくに合うシミュレーションだ。
さらにやや暗めの室内にもこの雰囲気がとても有効。シックにまとまる。
もうひとつの好きなフィルムシミュレーションは、『ノスタルジックネガ』。
こちらはその名の通り、すこし懐かしい色合いでの撮影ができる。
全体的に黄みや赤みが乗り、そのためにハイライトも穏やかになるので、何とも言えないまったり感となる。
柔らかい描写や、人のぬくもりを感じさせるようなシチュエーションには大活躍する。
また、空が曇っていて、光や影での表現が乏しい時には、それを活かしたやさしい景色の撮影に重宝する。
純正以外のレンズでも互換性良く
富士フイルムの純正のレンズは、柔らかいクラシカルな写りのものが多く、今回使用したXF35mmF1.4はX-S20と非常に相性のいいレンズだ。
それに加えて、わたしが併用しているのはSIGMA 18-50mm F2.8 DC DN | Contemporary。
かなり鋭い写りのレンズではあるが、フィルムシミュレーションや色の塩梅、光の加減によっては、そのくらいの写りが欲しいときもある。
そんなときには、このコンパクトなズームレンズは勝手が良い。
旅や日常では、急に現れた小さな美しき景色に、引き尻がない場合も多い。
35mmを着けていれば、APS-CのX-S20では52mm相当になるため、広く撮りたいときに苦労してしまう。
そこで、もう一本、忍ばせておきたい軽めなレンズとして、わたしはSIGMA 18-50mm F2.8 DC DN | Contemporaryをおすすめする。ボディとの相性の良さ、互換性は非常に優れている。
見た目は正直、まるでこのカメラのためにこしらえたような室礼。F値も2.8と明るめで、しかも通しなのだ。それなのにこのカジュアルさ、信じられない。18mmから50mmなので、35mm判換算だと27mmから75mm。画角は広くカバーでき、十分だと感じた。
まとめ そして はじまり
さて、まだまだ紹介しきれない素敵な部分も多いのだが、実際に自分の撮影での用途や、好きなテイスト、またパーソナルサイズを理解しながら無駄なく合うものを選べると良いと思う。
目で見る喜びや、人間には到底手に入れられない大きな自然を撮るとき、その小さなカメラに全てを写し撮るのは不可能であり、また無理がある。
けれども、ひとには記憶があり、こころがありそれは個性となる。見ている景色と、それぞれが持つ個性を合わせることで、唯一無二の丁寧な記録となる。
今回は、特に「色」を柱に写真と機材を紹介してきたが、写真には他にも多くの情報が入り混じる。
そのひとつひとつに選択を要し、そのひとつひとつに自分がでる。
さて、次のシャッターは、どんなカメラで何を写すか?まずは、自分の写真をフィルムシミュレーションと合わせながら、分析し考察するのもいいかもしれない。
■写真家:鈴木さや香
東京造形大学環境計画造形学部卒業。ストロボワークを得意とし、広告から日常まで撮影する写真作家。独自の技術面からコンセプトまでの提案を得意とし、セミナーや講演も多数。本や雑誌での執筆、写真展の開催、アトリエ「AtelierPiccolo」を営みながらの作品の販売など、幅広く活動。近年、マルミ光機と共同開発商品のアルプスパンチ!なついろパンチ!はTVなどに取り上げられ、海外での展開が始まっている。著作に『日常写真が楽しくなるノートブック』など。