ペンギン世界への撮影記 ~それぞれの人生に唯一無二の視点がある編~|岡田裕介
はじめに
フォークランド諸島へは2年おきに計3回撮影に行ったのですが、その間に僕自身にも心境の変化がありました。
初めの頃はペンギン自体が珍しく、ペンギンにクローズアップした写真ばかり撮影していたのですが、ある時からペンギンだけでなく、彼らが暮らすフォークランド諸島の美しさにも目がいくようになったのです。
“美しいフォークランドに生きるペンギン”。そう意識が変わると見える風景も変わっていきました。
写真作品を撮る上で大切な独自の視点、今回はそんなお話をしたいと思います。
美しいフォークランドに生きるペンギン
撮影時に心掛けているのは、ファインダー内だけに集中し過ぎず、常に周りの変化に気付けるよう視野を広く持つようにすることです。被写体に集中して撮影することは大切ですが、特に自然の中で撮影する場合は数分おきに周りを見渡す余裕は必要。
空がピンク色に染まったこの写真は、水平線から朝日が上がっている時の太陽と真逆の空の様子です。
朝日を撮影しようと思っていたので、最初は背後にこんな空が出現していることに気づかないでいました。朝日や夕日は時間勝負。太陽の位置が低いほど周りの空の変化が大きいので、限られた時間の中でも広い視野を持って常に360度確認していたことで、すぐに空の変化に気づくことができました。このピンクの空があまりにも綺麗だったので、この時は朝日の撮影は中止して、この空とペンギン達にフォーカスした撮影に瞬時に切り替えました。
ペンギンのポートレイト風撮影
動物の撮影では、その動物の特性がわからない時は距離感を保つ為にも望遠レンズを使うのが定番。さらに自分が移動しなくても瞬時に画角を変化できるズームレンズの応用性は、動く生き物の撮影では確かに便利です。
しかしそればかりでは写真の変化に乏しい。
ある時、体長90cm前後の大きなキングペンギンたちを見て、自分の娘がちょうど同じような身長だったこともあり、いつしか擬人化して見ていることに気づき、キングペンギンを人間のポートレイトのように撮りたい!と思うようになりました。
そこで人物ポートレイト撮影の定番58mm F1.4の単焦点レンズを装備。数日間、キングペンギンの一日の行動を観察し続けたところ、夕方、海での捕食を終えコロニーへ帰る途中、休憩するようにペンギンたちが立ち止まる場所があることに気づきました。
そこで夕暮れの綺麗な日を選び、単焦点レンズを付けて待ち構えて撮影したのがこの写真です。
二足歩行で擬人化しやすいペンギンですが、当たり前に人間との大きな違いはポージングを指示できないこと。理想の位置や姿勢のペンギンに出会うまで、根気強く待ち続ける忍耐力も必要です。
写真展で長辺1.5mに大きくプリントしたこの写真の前には、多くの人が立ち止まり、この一枚を何十分も見つめ続ける人や、涙を流す人、一緒に来た人と微笑み合う人など、沢山の反響を頂いた一枚になりました。
僕は動物の写真を撮ってはいるけれど、その動物の生態系を中心とした“動物の写真展”を開催している意識はありません。
説明的ではなく、見た人が自分自身の感情をのせられる写真、想像が広がっていく写真。そんな僕が写真に求めていることが詰まったこの写真は、僕のペンギン作品の象徴のような存在になってくれました。
擬人化されたペンギンたち
僕はネイチャーフォトグラファーになる前は、ファッションや人物などを撮影するカメラマンでした。今でもネイチャー撮影の傍ら、ミュージシャンのコンサート撮影なども行っている為、写真展には僕が撮影したミュージシャンのファンの方なども遊びに来て下さいます。
そんな人たちが写真を見て、「この4匹GLAYみたい!手を広げているのがTERUさん!」や「この荒々しい風の中を歩く5匹LUNA SEAみたい!」と、ペンギンをいつしか人間のように見ているのです。
以前、地獄谷の猿の写真で受賞した際、その写真は温泉に入っている猿をファッション誌でモデルが並んでいるイメージで撮影したものでした。沢山の人が撮影する被写体ならなおさら、人と違う視点、新鮮な視点、というものが必要になってきます。決して奇を衒った手法や構図で撮影したりはしないのですが、自分の中にある違う引き出しを開けてみる、というのもオリジナリティに繋がる一歩な気がします。
亡骸と寄り添う
この写真も写真展で多くの質問や感想が寄せられた一枚です。
死んで骨だけになってしまったジェンツーペンギンに、寄り添うように寝ていた一羽のペンギン。
夫婦か親子か兄弟か、はたまた隣で寝ていた他人か、本当の関係性は分かりませんが、様々な想像が膨らみ僕自身がこれまでの人生で出会い別れた人たちのことを思い出しながら撮影しました。
作為的なことではなく、写真を撮りながら自分が感動すること。写真にいつしか自分の人生経験を重ね撮った写真ほど、写真を見た人が動物を見た感想だけではなく、その人自身の人生を自然と重ね感じてくれている、ということに写真展を重ね在廊することで気がつきました。
僕の視点が見る人に伝わって、その写真が見る人自身の物語に変わっていく。この感覚は被写体を問わず、写真の力、愛される写真の大切な要素だと思っています。
さいごに
正直、僕はカメラ機材や手法、動物の生態系など、そういったことにあまりこだわらないカメラマンです。
現場では撮ることが楽しくて、動物と過ごすことが心地よくて、撮っている時には何も考えていないというのが正直なところ。
撮った写真を見ても楽しかった思い出が蘇るくらいで深い考察はないのですが、信頼する人たちにその写真を見せた時に「動物が写っているだけではない、“見えない何か”が写っている写真こそが素晴らしく、岡田くんらしい」と言ってもらえたことが、写真家としての一つの指針になりました。
僕自身が滲み出てしまう写真、僕の眼差しが写っている写真。そして見た人がその動物や写真の感想だけでなく、自分の人生、誰かのこと、あの日のこと、この先のことを自然と考え感じてしまうような、そんな作品をこれからも発表していきたいと思っています。
それぞれの人生があって、人がシャッターを押しているのですから、本来はそれだけで唯一無二なのです。好きなものを、好きだという気持ちいっぱいでシャッターを押していきましょう!
■写真家:岡田裕介
埼玉県生まれ。2003年より、フリーランスフォトグラファーとして独立。沖縄・石垣島、ハワイ・オアフ島への移住を経て現在は神奈川県の三浦半島を拠点に活動中。 水中でバハマやハワイのイルカ、トンガのザトウクジラ、フロリダのマナティなどの大型海洋ほ乳類、陸上で北極海のシロクマ、フォークランド諸島のペンギンなど海辺の生物をテーマに活動。2009年National Geographicでの受賞を機に世界に向けて写真を発表し、受賞作のマナティの写真は世界各国の書籍や教育教材などの表紙を飾る。温泉に入るニホンザルの写真はアメリカ・ スミソニアン自然博物館に展示。国内でも銀座ソニーアクアリウムのメインビジュアルをはじめ企業の広告やカレンダーなどを撮影。
写真集「Penguin Being -今日もペンギン-」
今回のフォークランド諸島のペンギンの作品は岡田裕介さんの写真集「Penguin Being -今日もペンギン-」から数枚をピックアップして紹介頂きました。可愛らしくも美しい大自然のペンギンたちを数年かけて捉えた作品の写真集です。
写真集「Penguin Being -今日もペンギン-」
https://yusukeokada.stores.jp/items/5f23c6c4afaa9d53818f9ddd
発売日:2019年7月20日
仕様:B5変型判 96ページ
出版社: 玄光社