風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その3:桜編
はじめに
「風景写真をビフォー・アフターで学ぶ」シリーズの第3弾。渓流編、霜・樹霜編に引き続き、春爛漫の桜編をお届けします。
このシリーズでは完成された写真だけでなく未完成の写真もご覧いただくことで、どのような工夫やプロセスを行って作品に仕上げていくのかご紹介したいと思います。
全国の開花情報
今年は桜の開花が例年に比べて早く進んでいます。気象庁のホームページによると、全国で一番早い開花は沖縄県の1月7日。ヒカンザクラという濃いピンク色が印象的な桜です。山肌にシダなどの熱帯植物とともに咲き乱れ、南国らしい風景を撮影することができます。東京都の開花宣言は3月14日、ソメイヨシノによって観測され、平年より10日程早く咲いています。一番遅い桜は北海道のエゾヤマザクラで、5月中旬が平年の開花時期となっています。残雪の山々や新緑とともに撮影することができ、楚々とした佇まいが魅力的な桜です。
全国的にみると1月から5月までの5ヶ月間、桜の撮影を楽しめることになります。桜前線を追いかけて北上するのは、まさに風景写真を撮る人の憧れでしょう。全国津々浦々の有名な桜から、身近な名もなき桜まで、思う存分楽しみましょう。
桜撮影6つのアイディア
桜は美しいがゆえに「撮らされやすい」被写体です。感動してたくさんシャッターを切ったものの、イマイチ良い写真がなかった……そんな経験も多いのではないでしょうか。素晴らしい桜に感動しつつ、冷静に被写体を観察して撮影することで、納得の一枚を撮ることができます。立派な桜を求めて遠くへ出かけるのも楽しみのひとつですが、日頃から近所にある桜と向き合って撮影することで撮影のテクニックが磨かれます。これからご紹介する6つのアイディアを表現の引き出しに入れておくと、現場できっと役に立つことと思います。
ビフォー・アフター
脇役に春色を添える
晴天の日、丘の上に佇むシダレザクラを見上げるように撮影しました。青空の背景が美しく、順光で撮影することでピンク色と青色を対比して爽やかに描いています。2色で構成しているためシンプルで伝わりやすい写真ですが、少し春の華やかさに欠ける印象です。
そこで足元にあった菜の花を脇役に添えることにしました。カメラの位置を地面すれすれに低く構え、菜の花の黄色を画面に取り込みます。近距離の菜の花が入るように、広角レンズに取り替えました。
最初はパンフォーカスで撮影しましたが、そうすると主役の桜より菜の花が主張してしまいます。そこで、絞り値を開放のF2.8にして桜にピントを合わせ、菜の花はぼかして描くことにしました。
背景をコントロールする
黄色を添えることで春の華やかさを演出できますが、あえて桜の補色を加えることで引き立てる方法もあります。
こちらは桜のつぼみを撮影したものですが、背景には茶色の畑がありました。暖色で統一して暖かみを感じますが、つぼみのピンク色をもっと目立たせたいと考えました。
そこで立ち位置を移動して、背景に青色がくるよう工夫しました。実はこの背景は電信柱のコンクリートです。開放気味の絞り値であればコンクリートの質感が消えて色だけが見えるため、時には人工物も良い脇役に早変わりします。
桜は人里に咲いていることが多いため、人工物が入りやすい被写体です。人工物を邪魔者と考えるのではなく、発想を転換して味方につけてみましょう。
画作りモードの変更
画作りモードとは、各カメラメーカーが作成した色やコントラストなど独自のプロファイルのことです。JPEG画像はそれぞれの画作りのプロファイルを適用した写真となっています。ソニーはクリエイティブルック(クリエイティブスタイル)、富士フイルムはフィルムシミュレーション、キヤノンはピクチャースタイル、ニコンはピクチャーコントロール、OM SYSTEMSはピクチャーモードなどと呼ばれています。風景写真を撮影するときは「風景」や「スタンダード」を選ぶことが多いでしょう。
しかし、場合によって画作りモードを変更することで、自分がイメージする色や雰囲気に近づけることができます。
こちらはクリエイティブスタイル「風景」を選択して撮影した写真です。桜の色は出ているものの、幹の黒色が力強い印象で、背景の山も主張しすぎているように感じます。曇天のやわらかい光のなか、優しい桜の雰囲気を演出したいと考えました。
そこでクリエイティブスタイルを「ポートレート」に変更して撮影しました。全体のコントラストが抑えられ、シャドウ部の色と質感も柔らかく表現できました。鮮やかさが欲しかったので、クリエイティブスタイルの詳細設定で彩度を「+2」にして撮影。細かい調整も行うことができ、オリジナルな設定も可能です。
このように状況に合わせて画作りモードを変更することで、自分のイメージに近づけることができます。現場である程度完成イメージを描くことで、次の撮影アイデアに繋がり、モチベーションも高まります。
前ボケで幻想的な印象に
前ボケはどのような場面でも活用できるテクニックですが、桜撮影では優しい雰囲気づくりに役立ちます。
雨天の日、桜に新緑を添えてしっとりと撮影しました。霧がかかると一層よい雰囲気なのですが、残念ながら霧は立ち込めてきません。光がフラットなので、どこか物足りない印象になりました。
そこで、左側にあった新緑を前ボケにあしらって撮影することにしました。絞りを開放のF2.8に変更し、主役の桜にピントを合わせます。前ボケが全体にバランスよく配置されるよう、立ち位置を吟味して撮影しました。前ボケを活用することで、曇天や雨天のようにドラマティックな光がないときでも、幻想的な雰囲気を演出することができます。
スローシャッターの活用
桜撮影に出かけたものの、満開を過ぎて桜吹雪となっていた……。そんなときは水辺を探してみましょう。こちらはお寺にある直径3mほどの小さな池を撮影したものです。普通に撮影すると、何の変哲もない水面に見えるでしょう。
NDフィルターを付けて減光し、シャッタースピードを30秒にして撮影しました。そうするとゆっくりと動いている花筏が軌跡を描き、渦となって現れます。美しい造形を捉えるために、水面をじっくりと観察し、撮影を繰り返すことで面白い表情を見つけることができました。ND濃度の高いフィルターを選び、ISO感度を低く設定、F値を絞り込んで数十秒のシャッタースピードを確保すると良いでしょう。
フィルターの魔法
桜撮影においてもフィルターが大活躍します。朝夕の輝度差を抑えたり、ロマンティックな雰囲気を演出したりすることができます。
こちらはフィルターを装着せずに撮影した写真です。一本の枝垂れている枝を逆光で狙い、開放F値で背景の桜をぼかして撮影しました。
その後、ブラックミストフィルターを装着して撮影してみました。光を拡散する効果があるため、逆光に照らされた桜の輪郭がふんわりと描かれ、より幻想的な印象に仕上がりました。ブラックミストフィルターは、晴天の日に逆光で撮影すると効果を強く感じられます。また、夕空と桜、星空と夜桜を撮影するときには、ハーフNDフィルターが活躍することでしょう。
まとめ
桜は日本人にとって特別な存在です。開花時期が短くあっという間に散る姿に、昔から人生の儚さを重ねてきたと言われています。豪華絢爛な桜をはじめ、詫び寂びを感じる桜吹雪まで、日本人の心で思う存分楽しみたいものです。
思い通りにならない気象条件や開花状況であっても、事前に撮影のアイディアを引き出しにストックしておくことで、落ち込むことなく楽しむことができます。また素晴らしい桜を目の前にしたときも、撮らされることなく作品づくりに挑めることと思います。桜の美しさに翻弄されつつ、自己表現にチャレンジする時間はとても贅沢なひとときです。
撮影の6つのアイディアがお役に立てることを願っています。最後までご覧いただきありがとうございました。
■写真家:萩原れいこ
沖縄県出身。学生時代にカメラ片手に海外を放浪。後に日本の風景写真に魅了されていく。隔月刊「風景写真」の若手風景写真家育成プロジェクトにより、志賀高原 石の湯ロッジでの写真修行を経て独立。志賀高原や嬬恋村、沖縄県をメインフィールドとして活動中。撮影のほか、写真誌への寄稿、セミナーや撮影会講師等も行う。個展「Heart of Nature」、「Baby’s~森の赤ちゃん~」を全国各地にて開催。著書は写真集「Heart of Nature」(風景写真出版)、「風景写真まるわかり教室」(玄光社)、「美しい風景写真のマイルール」(インプレス)、「極上の風景写真フィルターブック」(日本写真企画)など。