写真は自分の記憶。気づいている記憶と 気づいていない記憶があります。
――撮影テーマでもあり、事務所の名前でもある「楽園」のネーミングの由来は?


 憧れる世界、理想郷ということで命名しました。南の島のイメージもあり、最初は沖縄やハワイなど南の島に行って撮影をしていました。これについては後から気がついたのですが、私の実家がバナナの輸入・卸業をしていたので、小さな頃から南国の香りに包まれていたのです。それと故郷である徳島の駅前に今も椰子の樹があります。子供の頃はその下で遊んでいましたので、それも影響したと思います。

 


「楽園5. 屋久島 1994年」
写真集を出すまでに10年以上かかりました。10回以上も通って森の中でテント生活をしながら大型カメラでの撮影でした。森の奥深くでの撮影では仙人になったような気分になりました。人によってはこのような山奥での撮影には、食事も質素にして、修験道者のように自分を追い込んで撮影される方もいますが、私の場合は、食材は一流料亭のものを使うなどして、常に自分の気持ちを高めるようにしていました。
 また、屋久島は雨が多く降ることで知られています。4×5で撮影していて長時間露光をしていると、湿気でホルダーの中のフィルムシートが反ってしまいました。そうするとピントが合わない部分がでてきてしまうので、フィルムが動かないようにバキュームで固定する装置を開発して撮影していました。
 さらに、三脚には傘が取り付けられるようにして、風で傘が揺れても三脚にその揺れが伝わらないような装置も作り、カメラやレンズにも様々な改造を施しました。カメラバッグも完全防水にするなど正に屋久島仕様でした。私の撮影の中でも貴重な体験をしました。この時のことが後々の撮影にかなり役立ちました。
■カメラ:リンホフテヒニカ レンズ:シロナー210mm シャッタースピード:3秒 絞り:f11 フィルム:ベルビア

目で見た「楽園」、心に響く「楽園」。
――南の島の「楽園」から、日本国内の「楽園」も撮り始めたきっかけは?


 日本国内の「楽園」を撮る理由のひとつに『土門拳』さんの存在がありました。写真を始めた頃から憧れていました。やはり土門さんが追い求めていた世界観を自分でも辿ってみたいと思いました。私が屋久島を撮ったきっかけは土門さんではなかったのですが、いろいろと調べてみたところ土門さんは屋久島を訪れていたことが分かりました。そして土門さんが「もっと屋久島の写真を撮りたかった」ということを話されていたことを後に知りました。
 その思いとは何だったのだろうかと考えたところ、“日本人の心”“日本人とは何か”というスピリチュアルなところではないかと思い、それを写真で辿ってみたくなりました。それで土門さんが撮りたかった屋久島を撮ってみようと思い、再び屋久島の撮影を行うことにしました。


心地いい空間に自分を置くことで、撮影に臨む気持ちを高められます。
――海外のホテルや日本のお宿など、自然風景以外のものも撮影されていますが?


  いい風景写真を撮るには撮影に臨む自分の気持ちを高める必要があります。自分の気持ちを高めるひとつの方法は心地よい空間に自分を置くことです。いいお宿に泊まって、美味しいものを食べる、いい物に触れる、本物を見る・知ることが感性を高めてくれます。そのようなところに泊まらないといい写真が撮れない訳ではありませんが。アマチュアの方でもそのような意識があってもいいと思います。
 お宿は舞台装置のようにきれいにできていますから、それは「楽園」に他ならないものです。その写真を観た人が心地よくなってくれたらいいなと思いながら撮影していました。写真にしたくなる面白さがお宿にはあります。

 


「楽園6. 強羅花壇(箱根) 2004年」
手前は部屋の中のお風呂で、その外が露天風呂になっています。人工物と自然の調和がバランスよく取れているところで、造った人の感性が現れている場所のひとつです。温泉の軟らかいお湯と周りの自然が一体になる感じを意識して撮影。  歴史のあるお宿や、小説の舞台になったお宿などでは、そこに泊まって、食べて、お風呂に入ることで、自分がその世界に入り込んでしまえる不思議な体験ができます。
■カメラ:ペンタックス645NU レンズ:80-160mm シャッタースピード:4秒 絞り:f11 フィルム:プロビア

日本の秋は歌を詠むような気持ちで撮影します。
――日本の秋を撮影する場合のポイントは?

「楽園7. 中国貫州省 茘波 南方カルスト 2007年」
鍾乳洞の入り口ですが、最近世界遺産になったところです。原始の時代にはここに人が住んでいたのだろうか?桃源郷とはこのような場所なのだろうか?いろいろな想いを描きながら撮影しました。入り口の向こうには棚田が広がり、豊かな大地を感じることができます。それは、まさに楽園のイメージでした。中国には見たことのない風景がいっぱいあります。また、中国の世界遺産の大きなスケールを写真に収めることはかなり難しいと思っています。
■カメラ:ソニーα100 レンズ:11-18mm シャッタースピード:1/30 絞り:f8


 歌を詠むように撮影します。どこをどのように切り取るか?どの時間にどの方向に切り取るか?いずれにしても心に響くように撮るのが基本です。現地に行ってすぐに撮影を始めるのではなく、どこを撮ろうか?どこがきれいか?などを考えます。「どこが歌に詠めるか」と考えるのと同じような気持ちで、それらの瞬間を見つける作業も大事です。
 昔の人も観ていたであろう時代を超えた風景。これが風景写真の面白さだと思います。ただきれいに撮るというだけでなく、観た人に撮影した時の感動とか清々しさが伝わるように撮ることではないでしょうか。

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