風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その6:雨編
はじめに
「風景写真をビフォー・アフターで学ぶ」シリーズの第6弾、雨編をお届けします。このシリーズでは、完成された写真だけでなく、完成に至るまでの写真もご紹介しながら、どのようなプロセスで作品を追い込んでいくのか、その思考回路をご紹介いたします。今回は「雨編」をお届けしたいと思います。
例年、本州では6月上旬に梅雨入りしますが、今年は梅雨入りが遅く、6月下旬に関東甲信地方もようやく梅雨に入りました。梅雨明けは例年どおりと予想されています。雨に濡れたみずみずしい森や湖などの景色は、豊かな水に恵まれた日本ならではの風景です。
梅雨の時期は、異なる性質をもった複数の気団が接することで、大気の状態が不安定になって天気が悪くなります。日本列島の南には小笠原気団、北西には長江気団、北東にはオホーツク海気団があり、それぞれの気団の影響を受けるために東と西では雨の降り方が異なりますが、東日本の梅雨は「しとしと型」、西日本は「ザーザー型」ともいわれているそうです。
雨の風景の魅力
雨が降ると木々や草花たちが潤い、世界がみずみずしく輝きます。しっとりと濡れた葉や水滴が宝石のように煌めく花、雨粒がリズムを刻む湖面など、晴れた日には味わえない風景の魅力がたくさんあります。特に小雨の日は絶好の撮影日和。霧が漂うこともあり、幻想的な風景を味わうことができます。雨の合間に太陽が差すこともあり、あたり一面がキラキラと輝く瞬間や虹に出合えることもあります。
雨天時は雨に濡れないよう気を使うため、出かけることが億劫になりがちですが、雨ならではの被写体がイメージできれば楽しい気持ちで撮影に出かけられるでしょう。今回は、雨だからこそ撮れる被写体や撮影テクニックについてご紹介したいと思います。
雨天時の撮影装備
雨の日に撮影に出かける際は、長靴やレインウェアなどを着用しつつ、なるべく軽快な撮影スタイルで行くことをおすすめしています。機材をすべて持ち歩くような重装備で出かけると、雨に濡れないよう気を使うことが増えて疲れやすくなってしまいます。レンズは高倍率ズームレンズやマクロレンズなど1~2本だけ携帯し、潔く軽量化することが大切です。カメラバッグは地面に置かなくても開閉できるものが良く、ショルダーバッグなども良いでしょう。傘の下で濡れずに扱うことができる小さいサイズのものがおすすめです。カメラや体を拭くタオルも数枚持っておきましょう。
また、必須の撮影アイテムはブロワーです。前玉についた雨水をレンズクロスで拭き続けると曇ってしまうため、ブロワーでこまめに吹き飛ばすことが一番効果的です。前玉に触れる機会が多くなるので、プロテクターを装着しておくと安心でしょう。また、水の表情を変えて撮影することができるCPLフィルターやNDフィルターも持参しましょう。ポケットの多いレインウェアを着ておくとフィルターを携帯することができ、軽快に撮影を楽しむことができます。
カメラを自由に動かしてアングルを素早く調整できるため手持ち撮影がおすすめですが、暗い場所などで三脚を使いたい場合は、傘を三脚に装着できるアンブレラホルダーがあると快適です。ただし、風で三脚がぶれやすくなるためシャッタースピードは遅くしすぎず、撮影した画像がブレていないか拡大して確認するようにしましょう。
ビフォー・アフター
連写で水面の波紋を捉える
雨の日にしか撮れない被写体の代表といえば、水面の波紋です。静かな池や湖に落ちる雨粒が波紋をつくり、写真に雨音を奏でてくれます。構図のポイントは、波紋が落ちることを想定して余白を大きく設けることです。水面を撮影するときは奥の方がボケやすいので、パンフォーカスする際はF11以上などしっかりと絞り込みます。
また、波紋を撮影するときに大切なのがシャッタースピード。波紋の形をしっかり止めて描写するなら、遅くとも1/30秒以上の速さになるよう設定しましょう。シャッタースピードが遅いと、上の写真のように中途半端な波紋の描写になります。絞り込むとシャッタースピードが遅くなるため、ISO感度を高めに設定しましょう。
雨粒が落ちやすい場所を見極めて、構図を決めて待ちました。波紋は自分の思い通りには現れないので、根気強くたくさんシャッターを切ることが大事。一瞬のシャッターチャンスを逃さないよう、高速連写で狙います。また、雨の強さによって水面の表情が変わりますので、時間をかけてチャンスを捉えることもポイントです。たくさん撮影した中から、波紋が美しく並ぶベストな一枚を選びましょう。
フィルターで水の表情を変える
休みの日に撮影に出かけたものの、嵐のような風雨に見舞われることもあります。そんなときは撮影を諦めがちですが、ぜひフィルターを使って撮影してみましょう。目の前の景色とは違った風景が現れることがあります。特に海や湖などの水辺の風景には、CPLフィルターが効果的。風が強いときはNDフィルターを使って、スローシャッターにして狙ってみましょう。
上の写真はフィルターを使わず、ストレートに撮影しました。白波が強く際立ち、海の青色がまったく見えていません。
まず、CPLフィルターを使って水面の反射を抑えました。そうすることで、波立って白く見える光の反射が抑えられ、海の青色が見えてきます。次にNDフィルターを使ってシャッタースピードを遅くすることで、さざ波の動きを滑らかに表現しました。長時間露光時、風が強いと三脚もぶれやすいので、脚の太い三脚を使用してレンズフードを外し、ブレを最小限に抑えます。フィルターを使うことで非現実的な印象の風景を捉えることができました。
霧の濃淡を生かして奥行きを演出
雨が降っているときは、霧が発生することがあります。霧が出ると、幻想的な写真が撮れるチャンス。霧の見え方は、遠い場所が濃く、近い場所は薄く見えるものです。その性質を活かして、近景と遠景を一緒に画面に閉じ込めて、遠近感を感じられる構図を考えましょう。
上の写真は近景に手前の幹とツタ、遠景に森を配置して構図を調整しています。背景に霧が入ることを想定して、シャッターチャンスを待ちました。
上の写真は背景の森に深い霧が入るタイミングを狙って撮影しました。遠景が白く霞むことで、近景の被写体がグッと浮かび上がってきます。霧は濃淡を変化させつつ移動しているため、じっくりと良いタイミングを狙うことが大切。霧が入ったのはほんの一瞬で、あっという間に背景の霧が晴れていきました。
雨粒を主題にする
雨粒を主題にするのも、雨の日ならではの楽しみです。みずみずしい植物に滴る雨粒は、まるで宝石のように美しく輝いています。雨粒を撮影するなら、ぜひマクロレンズを使用しましょう。手持ちでピントを合わせるのが難しいなら、三脚を立ててじっくり撮影します。ピントは雨粒の表面から輪郭に合わせ、雨粒が滴る植物の表情や背景のボケ具合に合わせて、絞り値を試行錯誤しながら撮影します。
また雨粒を撮る際に大事なポイントは、背景の色合いや光を意識することです。上の写真は、雨粒を見つけたときに見た角度から撮影しました。
周囲を観察してみると、さまざまな色の花が咲いていることに気がつきました。そこで雨粒の背景に他の花の色合いを添えて、華やかに演出することに。雨粒の真後ろに見えるボケの色合いには、特に注意しましょう。赤色のボケが後ろにくるよう立ち位置を微調整し、雨粒をより目立たせて撮影しています。色合いだけでなく、玉ボケを重ねたり余白に散りばめたりすると、主役である雨粒の魅力をいっそう引き立てることができます。
RAW現像で雨の風情を表現
雨の日は光が弱くコントラストも乏しいため、写真がどんよりとした印象になりがちです。せっかく頑張って撮った雨の風景ですので、RAW現像で魅力的に仕上げる方法をご紹介します。
上の写真はホワイトバランス「太陽光」、クリエイティブルック(絵作りモード)「ST」で撮影しました。スタンダードな色合いと光の描写ですが、雨の日のしっとりとした風情をもっと表現したいと思います。
RAW現像ソフトはAdobe社のCamera Rawを使って調整しています。まず、雨の冷たい印象を伝えるため、「色温度」をマイナスに動かして青味を強めました。フラットな光で眠たい印象ですので、コントラストを高めて輪郭を際立たせるように仕上げたいと思います。今回はプロファイルを「ST」から「VV2」に変えて、ハイライトを際立たせる絵作りモードに変更しました。
青味を強めて雨の印象を高め、プロファイルを変えたことで白い花の印象も軽やかになり、緑色も美しく仕上がりました。
プロファイルは、それぞれのカメラに備わっている絵作りモード(クリエイティブルックやフィルムシミュレーション、ピクチャースタイルなど)を極力再現した色合いのことで、RAW現像時に変更することができます。パソコンのモニターを見ながら、自分のイメージに近いプロファイルを選択してみましょう。
まとめ
雨が降る日は、みずみずしい雨の森や湖を探しに出かけても良いですし、近くの公園で雨の雫をじっくり撮影しても良いでしょう。幼い頃のようにワクワクした気持ちで雨の風景を眺めてみると、新しい発見があるかもしれません。雨の撮影を楽しむコツは無理をしないこと。傘で凌げる小雨の日に、気軽に出かけてみましょう。大雨の日は安全第一で行動し、突然の増水などがあるため渓流などには近づかないようにします。また、雨粒がついたビニール傘を前ボケにあしらったり、水たまりの映り込みを狙ったりと、自由に雨の表現を楽しんでみるのも手です。
カメラを通して景色を眺めると、雨の日がもっと好きになることでしょう。最後までご覧いただきありがとうございました。
■写真家:萩原れいこ
沖縄県出身。学生時代にカメラ片手に海外を放浪。後に日本の風景写真に魅了されていく。隔月刊「風景写真」の若手風景写真家育成プロジェクトにより、志賀高原 石の湯ロッジでの写真修行を経て独立。志賀高原や嬬恋村、沖縄県をメインフィールドとして活動中。撮影のほか、写真誌への寄稿、セミナーや写真教室等も行う。個展「Heart of Nature」、「地獄」、「羽衣~Hagoromo~」などを開催。著書は写真集「Heart of Nature」(風景写真出版)、「風景写真まるわかり教室」(玄光社)、「美しい風景写真のマイルール」(インプレス)、「極上の風景写真フィルターブック」(日本写真企画)など。