一本桜は人の気持ちが集中しやすいなと思いました。
――最近出版された写真集『一本櫻百本』についてお聞かせください。


 春に咲く桜に対して日本人は、我がことの想いを託して花を見続けてきました。先日出版しました『一本櫻百本』という写真集は、まさに一本の木に自分の気持ちを託して、その木を眺めては、亡くなった人を思い遣ったり、はるか彼方の記憶を思い出させたりすることをテーマにしています。桜という一本の木に対して、こんなに深い思いを寄せる民族は日本人だけです。
 特に、一本桜は人の気持ちが集中しやすいと思いました。シンボルとして花の姿があり、その花の姿に対して自分の気持ちを集中させていく。そういう要素を桜の花は持っています。自分の現在と過去と未来を語るにふさわしい素材です。もちろん年齢にもよります。若い頃は「花がきれいだな」という程度ですが、やがて年齢も60〜70代になってくると、芭蕉の俳句にあるように『さまざまな ことを思い出す 桜かな』になるのです。ひとつの花に対して、ひとつの民族がこれほど感情移入する、そんな例は他にはありません。そのような点でも特殊な花だと思います。


【桜の咲く丘】未だ植えて間もないが、山腹全体を桜にしようとしている試み。
針葉樹と、ヤナギとの調和も美しい。
■カメラ:ペンタックス645N2 レンズ:SMC ペンタックス645 300mm F4 絞り:f16 AE +1/3補正 フィルム:RVP PLフィルター 三脚使用 撮影地:秋田県中仙町

【法蓮寺のシダレ桜】美しい四国の桜として、推薦できる花。大きく枝を広げて華やかである。
■カメラ:ペンタックス645N2 レンズ:SMC ペンタックス645 33-55mm F4.5 絞り:f16 AE +2/3補正 フィルム:RVP PLフィルター 三脚使用 撮影地:愛媛県久万町

桜はそれぞれの土地に本当の春を告げるメッセンジャー。

――日本には数多く桜の種類がありますが、撮り方の違いはありますか?

【花の絨毯】花びらが散っていく風景も美しい。花びらが風に舞い、花吹雪となった情景は花の儚さを感じさせるが、地表に落ちて花の絨毯になっている風景も格別。 花は何度も楽しめる。
■カメラ:ペンタックス645N2 レンズ:SMC ペンタックス645 33-55mm F4.5  絞り:f16 AE +1/3補正 フィルム:RVP PLフィルター 三脚使用 撮影地:東京都新宿御苑
 桜は種類によって開花時期が異なっています。また、同じ山桜でも早いものは3月中旬くらいに、遅いものは5月の中旬くらいに咲きます。いち早く春を告げるために枯れ木の中で咲くものや、”残り桜“のように新緑の中で咲いているものあります。
 桜の種類ごとに持っている、形や色合いなどによって、空間の持つ味わいが違う。そういうものを出会った瞬間に見取って、背景の処理の仕方やライティングなどフレーミングの中で区分しています。

――特にお気に入りの場所はございますか?

 桜は毎年、同じ咲き方をしている訳ではないのですが、私の考える三大名所は奈良県全域、長野県全域、そして福島県の中通り地方です。
 その理由は現代に至るまでの長い時代にわたり、桜を愛でる人々が多くいたことだと思います。そこの地域に住んでいた人々に桜を愛でた習慣があって、桜を大事にしてきたことが、素晴らしい風景をつくっているのです。
 


【池を彩る】四万十川の左岸にある民家の庭。桜が数本植えられており、花びらが庭の池に舞い降りていた。その姿が優雅であった。
■カメラ:キヤノンEOS-1 レンズ:EF17-35mm F2.8L シャッタースピード:1/30秒 AE フィルム:RVP PLフィルター 三脚使用 撮影地:高知県西土佐村
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